( 阿遅摩佐と月桃の島 2)2013年05月23日

 半年ぶりの沖縄、そして久高島(南城市)。

 梅雨の走りながら、この日はティーダカンカン。とにかく暑い! 釣り人がメンソーレーとお出迎え。何が釣れるのか知らん。

 

 畑に置かれた一列の石つぶて。久高島では、土地の私有は認められない。畑を必要とする人たちが皆んなで「ここは誰それさんが使うことにしよう」と相談して決める。その際の境界線がこの小石たち。前に訪れた折、神の島らしく何か特別の名前があるのだろうとツアーガイドさんに尋ねたら「石」とのみ答えてくれた、ははは。でも整然と並んでいるのを見ると、不思議な存在感が。久高島のものはなんでも神聖に感じてしまう。

久高島のクバの木。背の高いものもあり、たくさん自生していた

 前にも書いた「阿遅摩佐(あじまさ=クバ、ホキとも)の木」。イザイホーの時に神女になる女性たちが籠もる小屋をこの葉で囲ったり、内地でも帝の行幸の折りや貴人が載る牛車の飾りに使ったりと、大昔からとても大切にされてきた。内地の北上した地域では、この葉の代用品として笹の葉が使われた、な~んてね。

 かと思うと、笠の材料にも。クバ笠と言う。炎天下にはこれが一番。今度、夏ビラメの時に使おう。御利益がありそうだ。

 

 こちらは前日に尋ねた恩納村立博物館所蔵の、クバで作ったオージ(扇)。

 これは内地で言うところの箕かな(同館所蔵)。素材はクバなのかどうか、それは分からなかった(説明書きないし)。その昔、使い古しは秋田の男鹿半島に送られて、ナマハゲが着用した(勿論、ウソ)。

 次いでながら、これは同館所蔵の弥生式土器破片。沖縄にはコメや鉄などをもたらした弥生文化は伝播しなかったとされているけど、その時代、内地の弥生人と何がしかの交流はあった、ということなのか。

 

 ピザ浜に打ち上げられた空き瓶。これすら貴いものに見えてくる。常世郷・ニライカナイからやってきた神様が最初に降り立った浜なので、遊泳は絶対に禁止。

 イシキ浜。潮騒の、遥か向こうがニライカナイ。ニルヤカナヤとも。

 生活用水にも使われていた井戸・ヤクルガー。寄せる波が砕け散る岩壁間際にある。水がポタンと落ちてできた波紋、見えます?

 月桃(げっとう)。千切って揉むと強烈な清涼感が立ちのぼる。沖縄のお餅・ムーチーの香り、と言えば分かるかな。

 久高島にハブはいないとのことなので、安心して草むらに入っていける。ただし、海ではイラブー(海蛇)が待っているので要注意。ハブと比較にならないくらいの猛毒を持っている。そのイラブーの天敵は久高島のオバーたち。夜、卵を産みに浜へ上がって木によじ登ったところで捕まって一巻の終わり。

 それから、この島を訪ねる際には虫よけスプレーを忘れずに。でかい藪っ蚊が容赦なく襲ってくる。

 葉影にひっそりと咲く月桃の花。

 たくさんの蝶が乱舞していた。アゲハの仲間が多かった。ヒラヒラと舞い立って、消えてゆく。

 この子は以前訪れた際に出会ったヒージャー。人懐っこい子だった。

ヒー助「最近、ボクのことサンマンエンって呼ぶ人がいるんだよねー。どういう意味なの?」

オ「…(ウルっ)…」

 

 徳仁港の17時。もう少し粘っていれば綺麗な夕日が拝めたかもしれないけど、これが本島行きの最終便。再訪を念じて、久高島を後にした。

 おまけは知念岬のバッタ。ハデな飛翔音を立てて草むらに突っこんでいった。

 さらにおまけで本部町備瀬フクギ並木の現役シーサー(上)と、恩納村立博物館所蔵のリタイアシーサー。どちらも思いっ切り個性を発揮している。